ケアラーが周囲からの「善意」に疲れてしまう時:ありがたさと、時に負担になる言葉との向き合い方
周囲からの「大丈夫?」と、その裏側にある気持ち
メンタルヘルスを持つご家族のケアを続ける中で、私たちは様々な方と関わる機会があります。親戚、友人、会社の同僚、地域の方々など、多くの場合、皆さんは私たちケアラーのことを心配し、「大丈夫?」と声をかけてくださったり、時には良かれと思ってアドバイスをしてくださったりします。その根底には、確かに温かい「善意」があることを感じ取ることも少なくありません。
しかし、そうした善意の言葉が、私たちの心にとって常にポジティブな響きを持つとは限らないのが現実です。時に、その言葉の裏に隠された(あるいは隠されていない)期待や、ケアの現実とのギャップからくる不用意なアドバイスが、私たちの心に負担となってのしかかることがあります。特に、自身の心身が疲弊している時や、状況が停滞・悪化している最中には、善意であっても耳を塞ぎたくなるような言葉に触れることもあるかもしれません。
この記事では、私たちケアラーが周囲からの様々な言葉、特に善意から発せられていると分かっていても、時に負担に感じてしまう言葉とどう向き合っていくか、いくつかの考え方をご提案したいと思います。
なぜ善意の言葉が負担になるのか
周囲の方々の心配やアドバイスが、なぜ私たちケアラーにとって負担に感じられることがあるのでしょうか。いくつかの要因が考えられます。
まず、ケアの現実とのズレがあります。表面的な情報だけでは伝わりにくい、ケアの日常に潜む細かな苦労や、状況の複雑さがあります。そこを知らない方からの言葉は、時に「分かっていないな」という感覚に繋がり、孤独感を深めることがあります。
次に、理想論や単純化されたアドバイスです。「もっとこうしたらいい」「気にしなければいい」といったアドバイスは、既に様々な方法を試し、それでもうまくいかない状況にある私たちにとっては、かえって無力感や自分を責める気持ちに繋がることがあります。
さらに、ケアラー自身の心身の状態も大きく影響します。疲れがたまっていたり、精神的に余裕がない時は、普段なら受け流せるような言葉も、深く突き刺さったり、イライラの原因になったりすることがあります。心配されていること自体が、自身の「大丈夫ではない」状態を再認識させ、追い詰められるように感じることもあるかもしれません。
そして、「良きケアラーであるべし」というプレッシャーの中で、自分の弱みや本音を隠そうとしている時に、「大丈夫?」と踏み込まれることで、その鎧が剥がされそうになることへの防御反応として、言葉を負担に感じてしまうこともあります。
周囲からの言葉との向き合い方
では、こうした周囲からの言葉に対して、私たちはどのように向き合っていくことができるでしょうか。
1. 相手の「善意」を一度受け止めてみる
言葉そのものが心に響かなくても、まずは「この人は私のことを心配してくれているのだな」という相手の善意や労いの部分を意識的に受け止めてみることから始めてみるのはいかがでしょうか。言葉の表面的な意味や内容に囚われすぎず、その根底にある気持ちに焦点を当てることで、少しだけ心の負担を軽減できることがあります。これは、相手のためというよりは、自分自身の心を穏やかに保つための一つの方法です。
2. 伝えられる範囲で、現状を穏やかに伝える
全ての詳細を話す必要はありませんが、もし可能であれば、相手の理解を少しでも深めるために、ごく一部の現状を穏やかに伝えてみることも有効な場合があります。「ご心配ありがとうございます。今は〇〇(具体的な状況の一部、例:波がありますが、なんとかやっています)」といったように、大げさすぎず、かといって「全く問題ありません」と強がるのでもなく、ほんの少しだけ現実のニュアンスを含ませることで、その後の言葉が変わってくることもあります。
アドバイスに対しては、「ありがとうございます、参考にさせていただきますね」と一旦受け止めつつ、「実は以前に〇〇を試してみたことがあって…」のように、既に検討・実行済みであることを示唆するのも一つの方法です。
3. 何も答えたくない時の対処法
心身が限界に近い時や、どうしても話す気になれない時は、正直に話すことさえ難しい場合があります。そのような時は、無理に言葉を絞り出す必要はありません。「今は少し疲れていて、うまくお話しできないのですが、お気持ちはとても嬉しいです」と、状態を伝えつつ感謝を表明するだけでも、相手はあなたが困っている状況を察してくれるかもしれません。あるいは、「また落ち着いた時に、改めてお話しさせてください」と、一時的にコミュニケーションを保留する意思表示をするのも、自分を守る上で大切なことです。
4. 聞くこと、受け流すこと、伝えることの境界線を持つ
誰に、何を、どこまで話すか、あるいは話さないか。この「境界線」を自分の中に持つことが、周囲からの言葉に振り回されないために非常に重要です。この境界線は、相手との関係性や、あなた自身のその時の状態によって柔軟に変えて良いものです。信頼できる特定の友人には詳しく話すけれど、職場では差し障りのない範囲に留める、といったように、自分にとって安全で負担の少ないコミュニケーションの範囲を見極める練習をしてみてください。
5. 同じ経験を持つケアラーとの「共感」の場を探す
周囲の「善意」に感謝しつつも、どこか分かり合えない感覚があるとき、同じようにケアを経験している方々との繋がりは、大きな支えになります。そこでは、言葉の裏を探る必要もなく、置かれている状況を説明しすぎる必要もありません。「そうだよね」「そういう時、あるよね」という共感は、何よりも私たちの心を軽くしてくれます。オンラインのコミュニティや、地域のケアラーズカフェなど、安心して話せる場を探してみることをお勧めします。
最後に:あなたの感情は自然な反応です
周囲からの言葉に対するあなたの感情――感謝、戸惑い、苛立ち、悲しみ――それらはすべて、あなたがケアラーとして、そして一人の人間として、大変な状況の中で懸命に日々を生きているからこそ生まれる、自然で正直な反応です。これらの感情を否定したり、自分を責めたりしないでください。
善意からくる言葉であっても、それがあなたの心に負担をかけるのであれば、その感情を無視しないことが大切です。自分自身を守るための「バリア」を適切に使うこと、そして何よりも、あなたの心身の健康を最優先に考えることの正当性を、どうか忘れないでください。
私たちは一人ではありません。同じような経験を持つケアラーはたくさんいます。もし、周囲とのコミュニケーションに疲れてしまった時は、ご自身の心に優しく寄り添い、必要であれば休息を取ること、そして同じ立場の仲間や専門機関に繋がることを検討してみてください。