家族のメンタルケア、先の見えない状況でどう将来の備えをするか
メンタルヘルスの課題を抱える家族のケアは、短期で解決するとは限らず、多くの場合、数年から十数年、あるいはそれ以上に及ぶことがあります。こうした長期にわたるケアの中で、ケアラーであるご家族が直面しやすい大きな不安の一つが、「将来のこと」ではないでしょうか。病状の波がある中で、数年後、数十年後の家族の暮らしはどうなるのだろう。自分自身の生活や仕事、老後、そして経済的なことはどうなるのだろう、といった漠然とした、あるいは具体的な不安が頭をよぎることもあるかと思います。
先の見えない状況で将来のことを考えるのは、大きなエネルギーを必要としますし、考え始めたらかえって不安が増してしまうのではないか、という懸念もあるかもしれません。しかし、少しずつでも将来への備えを進めることは、漠然とした不安を具体的な課題として捉え直し、一つずつ対処していくプロセスでもあります。そして、このプロセスは、ケアラー自身の心の安定にもつながる可能性を秘めています。
なぜ、先の見えない状況でも将来を考えることが大切なのか
メンタルヘルスの状態は変動しやすく、確実な将来像を描くことは難しい場合があります。それでも将来について考えることには、いくつかの重要な意味があります。
- 選択肢を広げるため: 早めに情報を集めたり、準備を始めたりすることで、利用できる社会資源や制度、住まいや経済的な選択肢が広がる可能性があります。
- 不安を「見える化」するため: 漠然とした不安は心を重くしますが、具体的な項目に分解して考えることで、「何が不安なのか」が明確になり、対処可能な課題として捉えやすくなります。
- 心構えと準備のため: 予期せぬ状況や病状の変化が起きた際に、ある程度の準備があれば慌てずに対応しやすくなります。
- ケアラー自身の人生を守るため: 家族のケアに追われる中で、自身の人生設計がおろそかになりがちですが、将来について考えることは、ご自身のキャリア、経済状況、健康、そしてセルフケアを改めて見つめ直す機会となります。
将来の備えとして具体的に何を考えればよいか
では、具体的にどのようなことを考え、備えていけばよいのでしょうか。一度に全てを完璧に考える必要はありません。いくつかの項目に分けて、少しずつ情報を集めたり、整理したりすることから始めてみるのが現実的です。
1. 経済的な側面
長期にわたるケアには、医療費や薬代、通院・服薬をサポートするための費用、場合によってはデイケアやグループホームなどの利用料など、経済的な負担が伴います。
- 現在の収支の把握: 家族全体の収入と支出、特にケアに関連する費用を把握します。
- 利用できる公的支援制度の確認: 障害年金、自立支援医療制度、高額療養費制度、生活福祉資金貸付制度など、メンタルヘルスに関連する様々な制度があります。これらの受給要件や申請方法について情報収集を行います。市区町村の窓口や相談支援事業所などで相談できます。
- 将来的な費用 Estimation: 病状の推移や利用するサービスの種類によって変動しますが、可能な範囲で将来的な費用を予測し、必要な資金について検討します。
- 資産形成や保険の見直し: ご自身の老後資金や不測の事態に備えるため、資産形成や生命保険、医療保険などについて見直しを行います。必要であれば、ファイナンシャルプランナー(FP)など専門家に相談することも有効です。
2. 住まいと生活環境
家族のメンタルヘルスの状態や年齢の変化に応じて、適切な住まいや生活環境は変化する可能性があります。
- 現在の住環境の評価: 今の住まいが、家族の現在の状態や将来的な変化(例えば高齢化や身体的な問題の合併など)に対して適切かどうかを考えます。
- 将来的な選択肢の検討: 一緒に住み続けるのか、一人暮らしのサポートを検討するのか、グループホームやケアホーム、あるいは施設入居といった選択肢があるのかなど、様々な可能性について情報を集めます。
- 地域のリソースの確認: 自治体や地域の社会福祉協議会などが提供する、高齢者や障害のある方向けの住宅支援、見守りサービスなどの情報を把握しておきます。
3. 医療・福祉サービスの利用計画
病状の変化やライフステージに応じて、必要となる医療や福祉サービスも変化します。
- 利用中のサービスの確認と見通し: 現在利用している医療機関、相談支援事業所、デイケアなどのサービス内容と、今後の利用見通しについて、専門家(医師、相談支援専門員など)と話し合います。
- 今後利用しうるサービスの情報収集: 今は利用していなくても、将来的に必要となる可能性のあるサービス(訪問看護、居宅介護、就労移行支援など)について、どのようなものがあるのか、どうすれば利用できるのかを調べておきます。
- 「支援計画」の活用: 多くの福祉サービスでは個別の支援計画が作成されます。これを活用し、家族やご本人の意向も踏まえた将来的な利用計画を立てていくことができます。
4. 法的な備え
家族が自身の財産管理や契約などが難しくなった場合に備え、法的な手続きを検討することも必要になる場合があります。
- 成年後見制度: 認知症や精神障害などにより判断能力が不十分になった方を保護・支援するための制度です。法定後見制度と任意後見制度があります。
- 任意代理契約: 家族に代わって特定の事務(預金の引き出しや行政手続きなど)を行う代理人を定める契約です。
- 遺言: 家族に財産を残したい場合など、ご自身の意思を明確にしておくためのものです。
- これらの法的な手続きについては、弁護士や司法書士、行政書士などの専門家に相談することをお勧めします。
5. ケアラー自身の人生計画
家族の将来を考えることと同時に、ご自身の将来についても考えることは非常に重要です。
- キャリアプラン: 働き方を変える必要があるか、定年後の働き方や収入についてどう考えるかなど、ご自身の仕事やキャリアについて見通しを立てます。
- 自身の健康とセルフケア: 長期的なケアを続けるためには、ご自身の心身の健康が不可欠です。定期的な健康診断、趣味や休息の時間確保など、意識的に自身のケアを計画に組み込みます。
- 老後資金: ご自身の老後を見据えた資産形成や年金について確認します。
- 自身の人生を諦めることなく、ご自身の幸せや安定も同時に追求していく視点が大切です。
一人で抱え込まず、相談・共有を
これらの将来に関する備えは、多岐にわたり、一人で全てを調べて判断するのは非常に困難です。
- 専門機関に相談する: 市区町村の福祉課、精神保健福祉センター、相談支援事業所、基幹相談支援センターなど、地域の専門機関に相談してみましょう。利用できる制度やサービス、適切な窓口について情報提供や助言を受けることができます。
- 専門家を活用する: 経済面ならファイナンシャルプランナー、法的なことなら弁護士や司法書士など、必要に応じて専門家の知見を借ります。
- 家族や関係者との共有: 可能であれば、本人や他の家族とも、将来について話し合う機会を持ちます。難しい場合でも、キーパーソンとなりうる親戚や、家族の状態を理解している友人、職場の信頼できる同僚などに話を聞いてもらうだけでも、気持ちの整理につながることがあります。
- 他のケアラーとの繋がり: 「ケアラーズ・ボイス」のような場で、同じような悩みを抱える他のケアラーの経験談を聞いたり、ご自身の不安を共有したりすることも大きな支えになります。他のケアラーがどのように将来について考え、備えているのかを知ることは、ご自身の取り組みを進める上でのヒントにもなるはずです。
まとめ
家族のメンタルケアにおける将来の備えは、先の見えない不安と向き合う、時に骨の折れる作業かもしれません。しかし、それは決して絶望的な未来を待つためではなく、不確実性の中でもより良い選択肢を選び取れるように、そして何よりもケアラーであるご自身の心穏やかな日々を守るための、希望に向けた取り組みです。
全てを一度に完璧に行おうとせず、今日できる小さな一歩から始めてみてください。信頼できる情報源にアクセスする、相談窓口に問い合わせる、他のケアラーの話を聞いてみるなど、できることはきっとあります。その一歩一歩が、漠然とした将来への不安を具体的な行動へと変え、ご自身とご家族にとってより安定した未来へと繋がっていくはずです。