ケアラーズ・ボイス

長期化するケアと自分らしさ：日々の喧騒の中で「私」を取り戻すには

長期化するケアと見失いがちな自分らしさ

家族のメンタルケアが長期にわたるにつれて、日々の生活はケアを中心に回りがちです。ケアが必要な家族の状態に常に気を配り、仕事や他の役割と両立させようと奔走する中で、ふと「自分のこと」が後回しになっていることに気づくことがあるかもしれません。かつて好きだったこと、興味を持っていたこと、大切にしていた時間や人間関係が、いつの間にか遠ざかっていると感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

こうした状況は、多くのケアラーの方々が共通して抱える悩みです。ケアの責任感や、家族を思う気持ちから、自身のニーズよりも家族のニーズを優先することは自然な流れかもしれません。しかし、それが長く続くと、自身の心身のエネルギーは枯渇し、「ケアラーである自分」以外の自分が薄れていくような感覚に陥ることがあります。この「自分らしさ」を見失う感覚は、孤立感を深めたり、自己肯定感を低下させたりすることに繋がることがあります。

なぜ、自分らしさは見失われがちなのか

長期的なケアにおいて自分らしさが見失われがちな背景には、いくつかの要因が考えられます。

まず、物理的・時間的な制約です。ケアに多くの時間を費やすため、自分のための時間やエネルギーを確保することが難しくなります。仕事とケアの両立に追われる日々の中で、趣味や友人との交流といった「ケアとは直接関係のない活動」に割く時間は自然と削られていく傾向にあります。

次に、精神的な疲弊と罪悪感です。ケアの負担は想像以上に大きく、精神的なエネルギーを消耗します。疲れている時に何か「自分のため」をすることに、後ろめたさや罪悪感を覚えることも少なくありません。「家族は大変な状況なのに、自分が楽しんでいて良いのだろうか」という思いが、自分を大切にすることから遠ざけてしまうことがあります。

また、「ケアラー」という役割に深く没頭するあまり、それ以外の自分の側面を意識しなくなることもあります。家族を支えること、その責任を果たすことに精一杯になり、自分自身の個性や興味といったものが二の次になってしまうのです。

日々の喧騒の中で「私」を取り戻すためのアプローチ

自分らしさを見つけ直し、心の平穏を保つことは、単にケアラー自身のためだけではありません。ケアラーが心身ともに健やかであることは、家族へのケアを持続可能なものにするためにも非常に重要です。以下に、そのためのいくつかの考え方やアプローチを提示します。

• 「自分らしさ」の再定義を受け入れる: ケアが始まる前と全く同じ自分である必要はありません。ケアの経験を通して、新たな価値観や強さを見出しているかもしれません。ケアラーである自分も自分の一部として受け入れつつ、それだけではない自分の側面も大切にすることを意識します。「ケアラーとしての私」と「一人の人間としての私」のバランスを見つけることが大切です。

• 「隙間時間」に「私」を少しだけ: まとまった時間を取るのが難しくても、一日の中に数分や数十分の「隙間時間」は必ずあります。そのわずかな時間で、自分が心地良いと感じること、心が安らぐことを意識的に行ってみるのです。例えば、

  • 好きな音楽を1曲だけ聴く
  • お気に入りの飲み物をゆっくり味わう
  • 短い瞑想や深呼吸をする
  • 窓の外の景色をただ眺める
  • 短い文章を書き留める（日記や感情のメモ） こうした小さな行為の積み重ねが、「自分のための時間」の感覚を取り戻す第一歩となります。

• かつての興味・関心事に小さな一歩を踏み出す: 以前は好きだったけれど、今は全くできていないこと、ありませんか。それらを「復活させる」と意気込むのではなく、ほんの少しだけ触れてみる機会を作ってみます。例えば、

  • 好きだった作家の本を数ページだけ読む
  • 興味のある分野の短いニュース記事やSNS投稿をチェックする
  • 昔撮った写真を見返す
  • 好きな絵や写真の画像をスマホの壁紙に設定する こうした小さな接触が、かつての自分と繋がるきっかけになることがあります。

• 「完璧なケアラー」を手放す: 「常に完璧なケアをしなければならない」「自分のことは全て後回しにすべきだ」といった考えは、自分らしさを抑圧する大きな要因となります。完璧を目指さず、できる範囲で最善を尽くすという姿勢に切り替えます。自分の休息や気分転換を優先することに罪悪感を感じないよう、意識的に「自分を労わることは必要で、正当なことだ」と心の中で唱えることも助けになります。

• ケア以外の人間関係を大切にする: ケアに関する話題でなくても話せる友人や知人との繋がりは、自分らしさを保つ上で非常に貴重です。たとえ短時間でも、ケアとは関係ない日常の会話をすることは、自分を「ケアラー」という役割から一時的に解放してくれます。オンラインでの交流や、地域のサークル活動なども選択肢の一つです。

• プロフェッショナルのサポートも視野に: 自分一人で抱え込まず、心理カウンセリングや地域の相談窓口に相談することも有効です。自分の感情や状況を言葉にすることで整理できたり、新たな視点を得たりすることができます。第三者との対話の中で、自分自身の内面に改めて目を向けることができるでしょう。

あなたの「私」を大切にすること

長期化するケアは、時に自分自身の存在意義を「ケアラーであること」の中に限定してしまうかのような感覚をもたらすことがあります。しかし、あなたはケアラーである以前に、一人の人間であり、独自の興味や感情、そして人生を持っています。

自分らしさを大切にすること、自分のための時間やエネルギーを確保することは、決してわがままなことではありません。それは、あなたがケアを続けるためのエネルギーを蓄え、心の健康を保つために必要なことです。そして、あなたが自分自身を大切にすることは、結果として家族との関係性やケアの質にも良い影響を与えるはずです。

このサイトには、あなたと同じように様々な状況でケアを担っている方々の経験や声が集まっています。一人で抱え込まず、他のケアラーの経験から学びを得たり、共感したりすることで、自分自身の状況を違った角度から見つめ直すことができるかもしれません。

日々の喧騒の中で見失いがちなあなたの「私」を、少しずつでも取り戻していくこと。それは、長期にわたるケアの旅を歩む上で、あなた自身の心を守り、健やかに進み続けるための大切な一歩となるでしょう。