ケアラーズ・ボイス

複数の家族をケアするということ:重なる責任と心身の負担をどう乗り越えるか

Tags: マルチケアラー, 家族ケア, セルフケア, 両立, 外部支援, 負担軽減

複数の家族をケアするということ

家族の誰か一人のメンタルケアを行うだけでも、ケアラーの方々にとっては計り知れない心身の負担と生活への影響があります。さらに、同時に複数人の家族(例えば、メンタルヘルスに課題のある配偶者と、高齢で身体的な支援が必要な親、あるいは発達上の特性を持つ子どもなど)のケアを担っている方もいらっしゃいます。私たちは、このような状況にある方々を「マルチケアラー」と呼ばせていただくことがあります。

複数のケア責任が重なる状況は、時間、エネルギー、そして経済的な負担を指数関数的に増加させます。仕事との両立はより困難になり、自身の休息や健康、プライベートな時間は極端に削られてしまいがちです。それぞれの家族が抱える課題は異なり、必要なケアの種類も多岐にわたるため、ケアラーは常に異なるニーズに対応し続ける必要があります。

この記事では、複数の家族をケアしている方が、どのようにこの重圧と向き合い、自身の心身を守りながら、利用できる支援を見つけていくかについて考えてみたいと思います。

マルチケアの現実と心身への影響

複数のケアを同時に担うことは、ケアラーに様々な形で影響を及ぼします。

まず、物理的な時間とエネルギーの枯渇です。朝から晩まで誰かのために動き、自分のことは後回しになる日々は、睡眠不足や疲労の蓄積を招きます。 次に、精神的な負担の増大です。それぞれの家族の状態への心配、ケアの質に対する不安、そして「自分しかいない」という孤立感が重なります。異なる問題に対応することから生じる精神的な切り替えの難しさもあります。 また、経済的な負担も無視できません。複数の医療費、介護費用、福祉サービスの利用料などが家計を圧迫し、将来への不安を募らせることもあります。 さらに、家族間の調整の難しさも課題です。ケア対象者同士の関係性や、他の家族(きょうだいなど)とのケア分担に関する意見の相違などが、ケアラーをさらに疲弊させることもあります。

このような状況が続くと、ケアラー自身の心身の健康が著しく損なわれるリスクが高まります。燃え尽き症候群、うつ病、身体的な不調など、様々な形で限界が現れることがあります。

状況を整理し、すべてを一人で抱え込まないという考え方

複数のケアが重なる状況では、まず立ち止まって状況を「見える化」することが重要です。

紙に書き出したり、信頼できる人に話したりすることで、頭の中が整理され、何が最も負担になっているのか、どこに支援が必要なのかが見えてくることがあります。

そして、「すべてを一人で完璧にこなす必要はない」という考え方を持つことが、心身を守る第一歩です。理想とするケアの形と、現実的に可能なケアの形には違いがあるかもしれません。その違いを受け入れ、「これだけはやろう」「これは手放しても大丈夫」と優先順位をつけることも必要になります。完璧を目指すのではなく、「より良く」を目指す視点を持つことが、長期的にケアを続けていくためには不可欠です。

自身の心身の健康を守るセルフケアの重要性

複数のケア責任を負っている方は、ご自身の心身の健康管理が最も難しくなりがちです。しかし、ケアラーであるあなたが倒れてしまっては、誰もケアができなくなってしまいます。ご自身の心身を大切にすることは、わがままなのではなく、ケアを続けるための「必須条件」なのです。

短い時間でも良いので、意識的に休息を取る時間を作ってください。好きな音楽を聴く、温かい飲み物を飲む、散歩に出かけるなど、心身が少しでもリラックスできる時間を持つことが大切です。 また、睡眠や食事など、基本的な生活習慣を可能な範囲で整えることも心身の安定につながります。

自身の心身の不調のサインに気づいたら、決して我慢せず、かかりつけ医や地域の相談窓口、職場の産業医などに相談してください。「このくらいで相談しては悪い」と思う必要はありません。早期の相談が、深刻な状況を防ぐことにつながります。

利用できる外部支援を探し、活用する

複数のケア対象者がいるということは、それぞれの状況に応じて利用できる公的な制度やサービスも複数存在する可能性があるということです。

例えば、 * 精神疾患に関する支援制度(自立支援医療、精神障害者保健福祉手帳、障害年金など) * 高齢者に関する支援制度(介護保険サービス、地域包括支援センターなど) * 障がい児・者に関する支援制度(障害福祉サービス、療育支援など) * 難病に関する支援制度 * 経済的な支援(高額療養費制度、生活福祉資金貸付、生活保護など)

など、それぞれの家族の状況や年齢、疾患・障がいの種類によって、様々な制度やサービスがあります。それぞれの制度には対象者の条件や申請手続きがありますが、それらを一つずつ調べて理解するのはケアラーにとって大きな負担です。

まずは、お住まいの地域の保健所精神保健福祉センター地域包括支援センター市区町村の福祉窓口など、専門の相談窓口に現状を伝えてみるのが良いでしょう。相談員の方が、それぞれの家族の状況に合わせた利用可能な制度やサービスについて、情報を提供してくれたり、申請のサポートをしてくれたりすることがあります。

また、民間のホームヘルパーや家事代行サービス、配食サービスなども、一部の負担を軽減するために有効な場合があります。費用はかかりますが、特定のケアや家事をアウトソーシングすることで、ケアラーの負担を減らし、他のより優先度の高いケアに時間を割けるようになることもあります。

他の家族とのコミュニケーションと役割分担

他の家族(配偶者、きょうだい、ケア対象者本人など)との間で、ケアの状況や負担について話し合うことも重要です。全ての負担を公平に分担することが難しくても、現状を共有し、理解し合うだけでも、ケアラーの孤立感を軽減することにつながります。

話し合いを持つこと自体が難しい場合もあります。しかし、あなたの抱えている負担を具体的な言葉で伝える努力は、他の家族が状況を把握し、何らかの形で関わるきっかけになる可能性があります。全てを一人で抱え込まず、「私たち家族の課題」として共有していく視点を持つことも大切です。

困難を乗り越えるケアラーの力と、繋がりを持つことの価値

複数の家族のケアを同時に行うことは、想像を絶する困難を伴います。しかし、その中であなたは、それぞれの家族のニーズに応えようと努め、複雑な状況をやりくりする中で、多くのスキルや対応力を培っています。その力は、あなた自身の人生における大きな財産となるはずです。

そして、あなたは決して一人ではありません。同じように複数のケア責任を抱えながら日々を過ごしている方々がいます。このような経験を共有できる人との繋がりを持つことは、大きな支えとなります。地域の家族会やオンラインコミュニティなど、安心して話せる場所を探してみることも、孤立を防ぎ、新たな視点を得る助けになるでしょう。

この記事が、複数のケア責任を担うあなたの状況を少しでも肯定し、心身の負担を軽減するためのヒントや、利用できる支援への一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。